2011年8月18日木曜日

PE投資 vs Credit投資

ビジネススクールは通常2年制のプログラムなのだが、1年目と2年目の間は、学生は、多くの場合卒業後の希望就職先で2ヶ月程度のインターンをするのが通常だ(*1)。

僕は、スポンサーを受けているPEファームとなんとか交渉の末、そのファームのグループ内のCredit(債券)投資ファンドでインターンをすることができた。

従前から僕は、普通株以外に対する投資、特にDistressed投資に大きな興味を持っていた。僕が弁護士になった2003年は、金融再生プログラム(いわゆる竹中プラン)に基づき邦銀が不良債権を進めていた時期で、大手法律事務所には、外資系投資ファンドを代理してのLegal Due Diligenceの仕事(格好よく聞こえるが、簡単に言うと、各貸出債権について、契約書をレビューして、一定の項目をチェックしてリスト化するような仕事)があった。また、法的手続を用いたゴルフ場再生に関して、投資銀行を代理するような仕事もあった。彼らがどのように算盤を弾いてリターンを上げるのか、これらを機に興味が持つようになった。

PE投資を始めた後も、財務状況に問題があるような会社に対する投資を検討する機会が何度かあった。僕自身弁護士であることもあり、専門家の弁護士のサポートを得て、法的倒産手続・私的整理の手続については十分に理解し、可能性のあるシナリオをまとめることができた。しかし、実際に投資家としてどのようなフレームワークでリスク/リターン分析をすべきなのか、僕にはわからなかった。当然ながら、チームを十分に説得できるだけの投資アイデアを提案することはできなかった。

より一般的に、僕は、物事を多面的に見ることで、ある事象に対する理解をより深めることができると信じている。弁護士から投資家へとM&Aへの関与方法が変わり、双方の経験を有することで(法律面に関してすら)M&Aに対する理解がより深まったように、普通株だけでなく債権/メザニン/Distressed投資を経験することにより、投資家としての「目利き力」を向上させることができるのではと考えていた。

結論から言って、債券投資の本場アメリカでの経験は、新たな発見・学びに溢れた極めて充実したものとなった。

本エントリーでは、アメリカ債券市場の厚みについて簡単に紹介した上で、PE投資と債券投資の共通点/相違点について、僕なりの理解を示したいと思う。


1. アメリカ債券市場の厚み

日本は間接金融の国で、直接金融の一つである社債市場は発達していないとよく言われる。数字を見ればそれは明らかで、日本の社債市場の残高は約75兆円(*2)なのに対して、アメリカのそれは約11.4兆ドルである(*3)(双方とも2010年6月時点)。つまり、現状の(円高の)為替レートを前提としても、約12倍近くの差があることとなる(対GDP比率で見ても約6倍の差がある)。また、日本には、ハイイールド債(BB格以下の債券)の発行は皆無である一方で、アメリカでは社債市場の約2割がこれを占める。なお、他の先進国と比べても、対GDP比率で見た日本の社債市場の小ささは際立っている。

日本における社債市場の未発達の理由については様々な点が指摘されているが、僕が実際にアメリカの社債市場に参加した経験に基づくと、以下の事情が大きいように思う。

  1. 日本では長期保有を前提とした銀行・保険に投資家が偏っているのに対して、アメリカでは投資家のすそ野が広い
  2. その結果、流動性が高くなり、また、ハイイールド債の受け皿にもなる等、リスクに見合ったスプレッドが実現されている(*4)
  3. 情報開示のインフラも整っており、日本では限定的な財務上の特約の開示等が極めて広範になされており(なお、弁護士経営の会社による、投資家を対象とした、開示情報の弁護士によるサマリー/解釈の提供サービスがあるのにはとても驚いた)、取引コストの低減に寄与している

日本では銀行からは到底借り入れをできないような企業が、ハイイールド債を発行して直接金融で資金調達しているのを実際に見て、アメリカの金融システムの厚みを感じずにはいられなかった。

最近、日本の金融システムについて、財政問題との関連で深く考察する機会があったのだが、間接金融のもと、銀行が大部分のクレジットリスクを抱えているという状況は健全とは言えず、急激なマクロ経済ショック(例えば、国債価格の下落)に対して脆弱である。従来より多数の論者が提案してきているところではあるが、僕も、今回の経験を通じて、社債市場が活性化し、企業の資金調達の選択肢が多様化されることは望ましいと強く思うにいたった。


2. PE
投資と債券投資の共通点/相違点

(1) 共通点 – ファンダメンタルズ分析の重要性

今回の経験で学んだのは、キャピタルストラクチャーのどこに投資しようとも、証券評価において一番大事なのは、ビジネスのファンダメンタルズを理解することだという、極めて当たり前の事だ。業界・会社について深く理解し、合理的な前提を置いて将来キャッシュフローを推測し、かかる推測に基づき算定される証券価値が、証券の取引価格と比べて割安かどうかを検討する、というわけだ(*5)。

Due Diligenceの際に投資先の内部情報/マネジメントにアクセスを有するPE投資と異なり、債権投資の場合、(新規発行の引き受けの場合を除き)内部情報/マネジメントへのアクセスは限定的である。また、(僕がインターンをしたファンドでは)PE投資に比べると、債券投資は1件当たりの投資額が小さい傾向にある。何より、そもそも、債券投資は、株式投資よりseniorityが高く、リスクが小さい投資である。

これらの理由から、僕は、債券投資において必要とされる分析は相当程度限定的なものであると想定していた。しかし、僕のそのような想定は見事に裏切られた。もちろん、分析をどの程度行うかは投資家によって区々であろう。また、株式投資と比較してリスクの小さい債券投資において、株式投資と同程度の分析を行うことが適切かについて、効率性の観点から疑問もあろう。

しかし、アメリカで成功している大手債券投資ファンドは、いずれもファンダメンタルズの分析を重視している。このことが、債券投資におけるファンダメンタルズ分析の重要性を示す何よりの証左であろう。

(2) 相違点

他方で、両者の違いについても理解することができた。テクニカルな点は除くと、以下の3点が大きな差異として挙げられると思う。

 (i) リターンの幅

 当然ながら、債券投資においては、利子+元本が投資家にとっての最大の受取額であり、それ以上のUpsideはない。また、利子+元本の支払いは契約上の義務であり、支払いの優先順位=蓋然性が高い。したがって、元本を大きく下回った価格で、財務状況に問題のある会社に投資する(いわゆるDistressed投資の)場合を除き、債券投資のUpside/Downsideは限定的である(*6)。

これに対して、PE投資においては、事業・エグジットの前提(EV/EBITDA Multiple等)について、Base Case、Downside Case、Upside Caseを作成し、それぞれのケースに一定の確率を想定して、加重平均での投資の収益率(IRR)を計算するのが通常である。

この点に関連して、「勝者を見つけて投資する株式投資と異なり、債券投資の肝はいかに敗者を避けるかにかかっている」と言われることがある。上記の通り、PE投資においては、数ある案件のうち、当初より一定の確率でDownside Caseが生じること想定され、Upside Caseがそれを打ち消し総体としてあるレベルのリターンを生むことが見込まれている一方で、債券投資においてはそのようなことは想定されていないことを考えれば、この言葉はよく理解できると思う。

 (ii) 法制度の理解の必要性

次に挙げられるのが、法制度の理解の必要性である。

PE投資においては、全ての持分を取得するのが通常である。そして、全ての持分を取得していれば、どの法体系/管轄においても、株主総会・取締役会(取締役に任命を通して)を介して会社の重要な意思決定をコントロールすることが可能だ。したがって、PE投資家にとては、法体系の国ごとの差異はそれほど重要な意味を持たない(なお、過半数持分は有するが3分の2(Super Majority)は有さないといった事例では、現地の会社法を理解し、かつ株主間契約に織り込むべき事項を緻密に検討する必要がある)。

他方で、債券投資家にとっては、法体系、とりわけ倒産法制の理解が欠かせない。というのも、借入人からすると、元本返済・利払い(Debt Service)が容易ではなくなった状況でどの程度真剣にこれらに注力するかは、倒産状況において債権者に認められる権利/利益によるからである。当然ながら、債権者の権利/利益が小さければ小さいほど、借入人のDebt Service遂行のインセンティブは弱くなり、よって債券投資家の債権回収率は低下する。倒産手続における債権者の地位(権利の優先性、手続への関与の程度、情報のディスクロージャーの程度、典型的債権回収期間)は国ごとに大きく異なるため、債券投資家(特に、デフォルト発生率の高いハイイールド債/Distressed投資家)はそれらに精通する必要がある。

 (iii) Monetizationの方法の多様性

最後に挙げられるのが、(特にDistressed投資における)Monetizationの方法の多様性である。

Distressed投資においては、様々なMonetizationの方法が考えられる。デフォルトを理由に借入人株式の担保権(質権)を実行してもいいし、現株主にDebt Equity Swapを提案することも可能である。また、借入人からのDebt BuybackによってExitすることも可能だ。Distressed投資とまではいかないような投資であっても、Refinanceが難しそうな借入人に対して、利子(スプレッド)上昇等の条件改定と引き換えに満期を延長する取引(いわゆるAmendment & Extension)を行うことにより、超過収益を獲得することも可能である。

これらの分析においては、(200ページ超にも及ぶような難解な)ローン契約上規定された債権者の権利を理解し、現株主(スポンサー)のインセンティブ(彼らの想定期待収益率から考えて、どの程度案件にコミットしていると考えられるか)を理解した上で、都度最適なMonetizationの方法を検討することとなる。

他方で、PE投資においては、Exit方法として、Strategic Buyerへの売却、他のSponsor(PEファンド)への売却、IPO(上場=市場への売却)の3通りが主として考えられるが、いずれも株式の売却という点で同じであり、かつ比較的単純な取引形態である(つまり、PE投資においては、ExitにおけるCreative Solutionというより、投資期間における企業価値向上がリターン獲得の肝となる)。


以上がインターンにおける主要な学びであるが、冒頭で述べたとおり、この経験は新たな発見・学びに溢れた極めて充実したものだった。過去前例のないこのような機会を設けてくれた関係者に皆さんに、この場を借りて御礼を申し上げたい。



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*1 社内の内部昇進を中心としている日本企業はMBA卒業生の採用を積極的に行っていないが、米国の企業はもちろん、米国以外でも将来の幹部候補生としてMBAの卒業生の採用を検討している企業は多い(最近では、韓国のサムスンも、グローバルでの人材獲得を積極的に行っている)。ただ、現実的には、(トップ)MBAの卒業生は、金融業界かコンサルティング業界に行く割合がとても多い。

*2 出所:日本銀行「資金循環統計」

*3 出所:FRB, Flow of Funds Accounts of the United States

*4 スプレッドに関しては、日本が国として資金余剰の状況にあることも理由の一つである(民間の資金需要が資金規模に比して小さく、余剰資金が低金利の社債や国債に流れている、というのがマクロ的な日本国内の資金循環である)

* 5 実際には、PE投資でも債券投資でも、証券価値と証券価格の差異それ自体ではなく、期待投資利回り(IRR)を投資意思決定の際に用いるが、両者は本質的には同じことである。なお、上場株投資の場合、PE投資/債券投資と異なりエグジットのタイミングの想定が難しいので、IRRではなく、潜在的アップサイド(証券の本質的価値と実際の証券価格の乖離の程度)を意思決定の際の基準にすることが多い。

*6 Distressed投資ではない状況で考えられるUpsideとして、Excess Cash Sweepによる元本の早期回収がある。すなわち、LBOローンにおいては、Excess Cash Sweepという、余剰キャッシュが生じた場合にその一部を債権者に対して(期限前弁済として)返済する義務を借入人が負うことが通常であり、そのため、利益(より正確にはキャッシュフロー)が計画から上触れした場合、債権者はより早期に元本を回収することができ、その結果、利回りは上昇する。

2011年8月11日木曜日

Hire slowly, fire quickly

スタンフォードMBAの最初の学期に、Managerial Skillという名の必修科目の授業がある。この授業は、たった4回の授業だったが、僕が取った1年目の授業のうち、最も印象に残った授業の一つだ。今日は、僕がこの授業で僕が学んだことを振り返ってみたい。

同コースでは、ビジネスリーダーが直面する重要な問題につき、(予め配布されたケースを前提に行うものの、)通常のケーススタディー形式ではなく、ロールプレイ形式(教授と生徒がケースの登場人物になりきり、議論を行う)で授業を進める。MBAと聞くと経営や財務に関する知識を学ぶ場所と考えられがちだが、実際は、近年トップMBAは、知識というよりは、リーダーシップ等のソフトスキルの教育により重点を置いている。スタンフォードでは、2年目に起業をテーマとしたリーダーシップの授業が数多くあるが、同コースは、1年生にそのエッセンスを経験させる目的で設けられたものだ。

僕のセクション(日本でいうクラス/組に相当)の担当はJoel Peterson。彼は、ハーバードビジネススクール卒業後、不動産開発会社に就職、CEOまで出世し、合計18年同社に勤めた。その後、Peterson PartnersというPEファンド(現在運用金額500億円)を設立し様々な 業種の会社に投資をしている。現在、複数の会社の取締役を務めており、また、JetBlue(全米第6位の航空会社。低価格で良質なサービスを提供する航空会社として有名)の会長も勤める。1992年からスタンフォードで教鞭をとっており、2005年にはDistinguished Teacher Awardを獲得している。娘さん7人(!)は全てスタンフォードの卒業生/生徒とのこと。一番下の娘さんは大学1年生で、第3回目の授業には見学に来ていた。

 

やはり、ビジネス界で大きな成功を収めた重鎮とあって、人間力は、アカデミズムで生きている学者教授陣とは比較にならない。第一回目の授業から完全に引き込まれてしまった。


 このコースにおける一番の学びは、(特に成長過程にある組織の)リーダーにとって、一緒に働くチームメンバーの選定がいかに重要かということ。Key Takeaway以下の通り。こうやって書き記すと何でもないように感じるが、授業中は、経験に基づき臨場感ある具体例に触れながら僕らに語りかける教授の一言一句に感動しながらとにかくメモを取りまくっていた。

1. 社員の採用

  • 採用はリーダーにとって最も重要な職務の一つだ。リーダーとしてのあなたの成功の可否は、採用を正しくできるか否かにかかっている。
  • 採用の際、自分の価値観を妥協してはいけない。
  • 採用は時間がかかるものだ。リーダーは一般的に考えられているよりも採用にもっと時間を割かなければならない。採用の重要性は本当に過小評価されている。
  • あるポジションを外の人材で埋める場合には、内部の候補者にはきちんとその背景を説明する必要がある。内部の候補者には理由を聞く権利がある。

2. 社員の解雇

  • 解雇は誰だって行いたくない。しかし、リーダーは心を鬼にして、組織のために決断をする必要がある。
  • 採用はゆっくり、解雇は即座に(Hire slowly, fire quickly)。望ましくない社員は、いるだけで会社の雰囲気を壊し周囲に悪影響を及ぼす。
  • もし望ましくない社員がいたら、その旨定期的にフィードバックを与えるべきだ。認識の不一致はお互いを不幸にする。


 僕にもいつか、リーダーとして自己の責任で社員を採用し、解雇するような場面が来るのだろうか。まだまだ長い自分探しの旅は続く。