2011年8月6日土曜日

EBITDAを正しく理解する

 今回は、友人からのリクエストがあったこともあり、前回とは趣向を変えて、テクニカルなテーマについて記事を書きたいと思う(なお、結果的に少し難しくなってしまった気もするが、この点は読者の皆さんからのfeedbackを是非いただいて、今後の記事に反映したい)。

 EBITDAは、M&Aに関するリーガルアドバイスに従事する弁護士であれば聞き慣れた用語だと思う。「この会社の業界はEBITDAマルチプルの8倍で取引されているから今回の買収価格は妥当だ」とか、「あの投資ファンドが買収に払った金額はEBITDAマルチプル18倍で高すぎる」とかの会話をしたり聞いたりしていると、EBITDAだとか企業評価についてわかったつもりになってしまう。

 しかし、このEBITDAという用語は、その用いられる頻度に比して、正しく理解されていないように感じる。僕の経験では、経営コンサルタントや時にはインベストメントバンカーでさえ、特に若手は、(実務上の使い道には精通はしているものの)本当に正しくは理解していないケースの方が多い。

 そこで、本稿では、まずは初学者を念頭においてEBITDAとは何かを概観した上で、用いる際の注意点を紹介したいと思う。


1. 定義・背景

  EBITDAはEarnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略で、税引き前利益に支払い利息及び有形・無形固定資産の減価償却費を加算したものである。実務上は、特別損益等の一時的な損益も除いて考え、営業利益+減価償却費で求めることが多い。この数字は有価証券報告書や10-Kの財務諸表に直接載っている数字ではなく、実務上は、(BloombergやCapital IQ等のサービスを用いない場合)損益計算書記載の営業利益にキャッシュフロー(CF)計算書記載の減価償却費を足して求める(*1)。

 この概念の有用性は以下のように説明される。

  • 支払利息の金額は会社の資本構成(DebtとEquityの比率)や国によって異なる金利情勢に影響を受ける
  • 法人税率は国によって異なるし、また、租税優遇措置等の影響を大きく受ける
  • 減価償却費の会計上及び税法上の取り扱いは国によって異なる
  • 特別損益は事業の本来の収益性とは関係のない項目であり、また会計基準によって取り扱いが異なる
  • したがって、(特に複数国に跨って)複数の事業の収益性を比較する際には、これらによる影響を取り除いた指標であるEBITDAを用いるのが有益である(*2)


2. EV/EBITDA

M&AにおいてEBITDAが多様されるのは、前述のような、EV/EBITDAマルチプルの文脈でである。EVはEnterprise Value(企業価値)の略称で、企業の多数存在するStakeholderのうち、Financial Stakeholder(有利子負債の債権者及び株主)が捕捉する価値の合計のことである(*3)。そして、EV/EBITDAマルチプルとは、EVがEBITDAの何倍で取引されているか/されるべきかと表す指標である。

上場会社においては、株主が捕捉している価値は時価総額なので、EVは、時価総額に、債権者が捕捉する価値である有利子負債を足して、最後にバランスシート上のキャッシュを引いて求める(なお、最後にキャッシュを引くのは、求めたいのは「事業」の価値で「会社」の価値(会社の価値=事業の価値+余剰資産(多くの場合単にキャッシュをこれとみなす))ではないからである)(*4)。

この指標は実務上極めて頻繁に用いられ、M&Aにおける企業の価値評価、上場株投資家による割安株のスクリーニング、債権者/Credit 投資家による借入人の信用力の評価等の際に用いられる。

M&Aにおける企業の価値評価の際には、具体的には、例えば、以下のように用いられる。

  • ある企業のバリュエーションを簡易的に行いたい場合、類似企業のEV/EBITDAマルチプルをBloomberg等の情報端末を用いて取得してその最大値/最小値/平均値を求める
  • その企業のEBITDAに掛け、EVのレンジを求める

ここで注意をして欲しいのは、この方法は、あくまで極めて簡易的に企業価値評価をする方法であって、実際は、詳細な事業計画に基づくDCFやIRR法を用いて企業価値を計算した上で、より簡易的な方法であるEV/EBITDAマルチプル・PER等も併せて用いるという点だ。なお、簡易的な評価方法を併用するのは、DCFやIRR法は理論上は正しいのであるが、(少し専門的になってしまうが、割引率、Termination Value等の)変数の少しの動きで結論が大きく異なってしまうため、大雑把でもよいので、他の方法で妥当性/整合性をチェックする必要があるためである。


3. EBITDA キャッシュフローのProxy

 時折、EBITDAは事業の簡易的キャッシュフローを表す数字と説明されることがあるが、このような理解は百害あって一理ない。このような説明の背景には、減価償却費はキャッシュアウトを伴わない純粋に会計的なコストであるとの理解があると思われるが、そもそも減価償却が発生したのは以前に投資した金額が一定の会計上のルールに従ってコスト認識されているからである。事業の継続には一定の投資が継続して必要なのであって、減価償却費を過去の投資に関する単なる会計上のコストとして無視するということは、事業の継続に必要な将来の投資の必要性を無視することと同じである。これは明らかに妥当ではない。

こう言うと、「とはいっても実務上使われている数字でしょ」との反論を受けそうだが、僕には強い味方がいる。そう、何を隠そう、史上最高の投資家Warren Buffettだ。Buffettは、EBITDAという概念を忌み嫌っていることで有名であり、彼は自己がCEO/会長を務める (*5)投資会社Berkshire Hathawayの株主宛レターでも、減価償却を無視した利益指標は”nonsense”と切り捨てている。

「とすると、どの数字を見ればいいの」と思われた方も多いと思うので、以下2つばかり、より妥当でかつ実務上よく用いられる指標を紹介したい。

(1) EBITDA – Capex

一つ目は、EBITDAからCepex(設備投資)の金額を引いた金額である。前述のように、EBITDAが妥当ではないのは、設備投資の必要性を考慮していないためで、それならそれを引けばいいのではないか、というわけである。Capexについて、i) 成長に必要な部分(Growth Capex)は引かずに、ii) 事業の現状維持のために必要な部分(Maintenance Capex)のみを引くことを好む人もいるが、両者の区別は容易ではなく、Capex全体を引いて考えるのが通常だ。

なお、EBITDAだけではなくCapexも一緒に見る、という癖をつけることは極めて大事で、例えば、ある会社のEBITDAマージンを見ると25%で「すごい」と思ったら、実はCapexの対売り上げ比率が20%だったりすることもある(そのような会社は、EBITDAマージンが10%でCapexがほぼ必要ないような会社より(その他の点を同一と考えると)魅力的ではない)。

(2) EBITA

二つ目は、EBITDAから減価償却(D)を差し引いた金額であるEBITAである。Buffet指摘のとおり設備投資は事業の継続に必要なことから、設備投資に起因する(有形資産の)減価償却費は利益の計算上控除するのが妥当であるが、無形資産の減価償却費(A)は控除しない、というわけである。

Aを差し引かないのは、無形資産の減価償却の大半は、事業買収の際に(買収価格と被買収企業の純資産の差額として)生じる会計項目である暖簾(Goodwill)の償却であり、事業買収は設備投資と異なりone timeのものであって、かつ事業の(成長ではなく)継続に必要なものではないため、これはノンキャッシュのコストとして利益の計算上考慮しないのが妥当との理由に基づく。


こう言うと、コーポレートファイナンスに詳しい方に、「事業の本当の収益性は、キャッシュフローに現れているはずで、よってフリーキャッシュフロー(FCF)等の指標を見るべきではないか」との質問を受けそうだ。EVは事業の将来キャッシュフローの現在価値なのであるから、理論上は、FCFを見るのが一番正しいが、FCFの計算の際には、Working Capitalの変化、One Timeのリストラ費用等、その年その年で大きく変化する項目があるため、そういったバイアスを取り除く意味で、複数の会社の比較やバリュエーションのチェックの際には上記の二つの指標を用いることに意味がある。


4. EBITDA = EBIT+DA

EBITDAは定義上、営業利益(EBIT)に減価償却費(DA)を足した数字であり、恒等式としてそのように理解するのはいいのだが、実態として「営業利益にDAを足してEBITDAを求める」と考えることはとても危険だ。経済的実態はむしろ逆で、「売上げからキャッシュ売上原価(COGS)とキャッシュ販売管理費(SG&A)を引いてEBITDAが求められ、そこから会計上の利益の算出のためにノンキャッシュのCOGSとSG&Aを引いてEBITを求める」と理解する方が正しい。僕が最も尊敬する投資家の一人である元上司(現在は独立してヘッジファンドを運用中)から僕はこのことを徹底的に叩き込まれた。この点を理解できない人が多いのだが、試しに、下記の発言について検討してみて欲しい。

 「現在A社はEBITマージンが4%でDAの対売上比が2%でEBITDAマージンが6%(4%+2%)となっています。ただ、現在A社は設備投資を極めて抑えており、5年後までには過去の通常のレベルまで戻ると思われ、その結果、減価償却費も対売上比で3%まで戻ると思います。したがって、仮に現状の収益性をキープできるとすると、5年後のEBITDAマージンは7%(4%+3%)になります。」

 実はこの発言は僕が実際にとあるインベストメントバンカーから受けた発言を少々作り変えたものなのだが、これは明らかな間違いだ。この発言は、要するに減価償却費が上がるとEBITDAマージンが上がる(!)という魔法のようなことを言っているわけだが、そんなことが起こるはずがない。仮に減価償却費が対売上比で1%上がるのであれば、コスト構造が変わらないのであれば同じだけEBITマージンが減少するのであって(減価償却費はCOGSかSG&Aに含まれておりEBITマージン計算の時点で既に引かれている点を思い出されたい)、結果としてEBITDAマージンは変わらない。このような間違った理解にいたるのは、「EBITDA = EBIT+DA」と考え、無意識のうちに、EBITを一定としてDAを増やすとEBITDAが増える、と考えてしまったからだ。常にEBITDAを経済実態として先に考え「EBIT=EBITDA - DA」と考えることを心がけていると、現状の収益性(EBITDA)を一定としてDAが増えると会計上の数字であるEBITが減るな、と正確に理解でき、このようなミスを未然に防ぐことが可能だ(*6)。



 以上、長々と書いてきたが、要はポイントは以下の4つである。

  • EBITDAは、企業評価の際実務上よく使われる有用な指標である
  • しかし、簡易キャッシュフローを表す数字と理解してはいけない
  • 神様バフェットもこの数字を忌み嫌っている(!)
  • 「EBITDA = EBIT+DA」ではなく「EBIT=EBITDA - DA」と理解する


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*1 損益計算書に減価償却費が載っていないのは、減価償却費が売上原価(COGS)と販売管理費(SG&A)の中に含まれてしまっているからで、これがCF計算書に載っているのは、間接法のCF計算書においては事業CFを税引き後当期利益からノンキャッシュ項目を調整することによって求めることとなっており、減価償却費が代表的なノンキャッシュ項目であることによる。

*2 なお、国内事業同士の比較であっても、資本構成や、事業と直接関連性のない事項に大きく影響を受ける税金の金額に影響を受けない数値であるEBITDAの使用は有益と考えられている。

*3 なお、ある事業の価値はEVであるというのは(投資家から見た)企業活動の一つの見方であって、別に普遍的なものではない。MBA等でコーポレートファイナンスを勉強したような人で、この見方を絶対視して、「EVを最重要視しない日本の経営者は”間違っている”」と言う人がいるが、企業のStakeholderの利害関係をどのように調整すべきか(Corporate Governance)の問題は、唯一絶対の解のある問題ではない。ただ、資本市場のグローバル化が進んでいる現状において、そのスタンダードになっている米国的な株主重視の考え方とは異なる考え方を採ることの(機会)コストは大きくなっている。外国投資家の中には、余剰のキャッシュを投資家に分配せずバランスシートに抱え全く活用していない(いわゆるValue Trap)ような会社すら多数存在する、株主に友好的ではない日本市場に対する投資ウェイトを減少している者も少なくない。

*4 厳密には、キャッシュのみではなく、現金同等物も考慮し、また、EV=時価総額+ネット有利子負債(有利子負債 - 現金及び現金同等物)+少数株主持分である。なぜ、負債一般ではなく「有利子負債」なのか、という点は初学者が戸惑う点だと思うが、EVの理解の本質に関わるので、別稿でいつか説明したい。

*5 完全に余談となるが、彼の長年のパートナーであるBerkshire Hathaway副社長のCharlie MungerはHarvard Law School出身の元実務家弁護士であり、妻が出身のStanford大学のLaw Schoolに多額に寄付をしたことでも有名である。

*6 ただし、経済的に両者が完全に同値であるということではない。すなわち、DAが増えると、同じEBITDAマージンであっても、EBITが減るので、(概ねEBITからさらに利払いを引いたEBT(Earning Before Taxes)を元に求められれる)税金の金額が減少し、その結果、キャッシュフローは増加する。