2012年2月25日土曜日

初めての米国ロー・スクールでの授業-Energy Law

今学期、環境科学の修士の一環として、ロー・スクールのEnergy Lawという授業を受講している。僕自身、弁護士の実務を離れる前は当然にロー・スクールに留学する予定でいたし、同期の弁護士の多くが海外(主として米国)のロー・スクールに留学しており刺 激を受けたこともあり、スタンフォードでも機会があれば、ロー・スクールの授業を取ろうと思っていた。

 (注:大手法律事務所の若手弁護士 は、数年の実務経験を経て、海外(主としてアメリカ)のロー・スクールのLLM(法学修士)に留学するのが通常である。なお、LLMは、アメリカ人を対象 とする3年コースのJ.D.とは異なり、主として海外で法学教育を受けた者を対象とする1年のコース。)

↓Energy Lawの授業で用いている教科書(ケースブック)



本授業で取り扱っているのは大きく以下の6点だ。

1. 公共企業(Public Utility)規制の根拠・歴史的経緯
  • 歴史的経緯-英国コモンロー(約200年以上前(!)の判例)、米国の判例
  • 根拠-公共企業規制の(経済的)根拠
  • Cost of Service規制(いわゆる総括原価方式)の内容及び関連判例(いわゆるRate Case)

2. 米国Natural Gas業界の規制の変遷
  • 業界構造
  • 規制の変遷(規制→自由化)-関連判例及び立法
  • 自由化が機能するための要件
  • 自由化がもたらしたメリット
  • 制度移行に伴い必然的に発生するコスト
 
3. 米国電力業界 
  • 業界構造
  • 卸売り市場における競争の導入
  • 連邦政府 vs 州の規制権限
  • カリフォルニア危機の原因・教訓

 4. 原子力発電
  • 米国における規制
  • 興隆した理由
  • Fukushimaの影響

5. 再生可能エネルギー
  • 業界構造
  • RPS(Renewable Portfolio Standard、電力会社に一定割合で再生可能エネルギーの導入を義務づける制度)
  • FIT(Feed-in-Tariff、固定価格買取制度)
  • その他インセンティブ制度
  • 送電における課題

 6. デマンドマネジメント
  • DSM(Demand Side Management)とスマートグリッド

 *  *  *

 ロー・スクールの授業は、ビジネス・スクールの授業との比較では、ケースを用いるという点で共通するが(そもそもケースメソッド自体がハーバード・ロー・スクールに起源がある)、以下の点で大きく異なるように感じた。
  1. MBAの授業では、ケースの事実関係の整理にそれなりに時間を用いるのに対して、ロー・スクールでは、判例の要点・射程距離にほとんどの時間を用いるという点で、より理論的な内容である。
  2. その結果、人によってKey Takeawayが異なる傾向にあるMBAの授業と比較して、Takeawayや学びのポイントが比較的明確である 。
  3. 余り差別化された考えがない場合でもどしどしと発言するMBAの生徒と比較すると、ロー・スクールの生徒は発言に関しては消極的である。ただし、その分、手を挙げて発言する場合の発言のレベルは総じて高い。

より印象的だったのが、既存の制定法の説明に終止する日本の法学教育(あくまで僕が大学生だった、日本にロー・スクールが存在しなかった時の学部レベルでの教育)と比較すると、数多くの裁判例により判例法が形成され、法の内容/解釈が実社会に即して比較的柔軟に変更され、それが立法にも影響を及ぼすという流れをうまく説明している点で、授業の内容が極めてダイナミックに感じられるという点だ。

もちろん、 この差異は、大陸法(制定法主義)と英米法(判例法主義)という制度の差異によるところが大きいであろが、それを割り引いたとしても、自分の大学時代の授業を振り返ってみると、大いに改良の余地があったと思わずにいられない。



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2012年2月23日木曜日

Investors' Circle

インパクト・インベストメント(Impact Investment)の分野で積極的に活動している組織の一つにInvestors' Circleがある。Investors' Circleは、約150のエンジェル投資家、ベンチャー・キャピタリスト、財団、ファミリー・オフィスからなるネットワークで、主としてVenture Fairというconferenceを通じて、投資家と社会起業家を結びつけ、社会起業家に忍耐強い資金(Patient Capital)を提供することをミッションとしている。Investors' Circleは、1992年以来、合計200以上の企業に対する総額100億円以上($134million)の投資の手助けをしてきた。



Investors' Circleが、IC Fellowshipという、社会起業やImpact Investingに興味のあるMBAの学生にビジネスプランを精査する機会を提供するプログラムを運営しているという話を聞いた僕は、反射的に同Fellowshipに申し込み、幸運にもクリーンテック担当のFellow(IC Venture Fellow)に選任された。

IC Venture Fellowの仕事は、15社程度のビジネスプランを精査し、この春にサンフランシスコで開催されるInvestors' Circleの一大イベント、Venture Fairに招待すべきかどうかの推薦を行うこと。IC Venture Fellowの推薦は、起業家の資金調達の可否に大きな影響を与えるのみではなく、そのフィードバックは直接起業家に伝わるため、その責任は重大だ。そのため、選考も厳格に行われたようで、皆、投資あるいは社会起業に関する経験・知見を持った学生が選ばれたようだ。

僕にとっては、現実のスタートアップのビジネスプランを精査し、分析し、投資に関する推薦をするという経験が初めてのものだったため(自身の投資のキャリアでは成熟した企業の分析がほとんどだった)、極めて新鮮で、かつ興味深い経験をすることができた。よく、「ベンチャー投資は、新しいアイデアの宝庫で新しいもの/テクノロジー好きにはたまらない」という話を聞くことがあるが、数多くの斬新/奇抜な(?)アイデア/技術に直に触れてみて、その言葉の意味がよくわかった。また、(そもそもある程度スクリーニングされたスタートアップだからという理由もあるだろうが)経営陣のレベルの高さにも驚いた。クリーンテックは特に技術の重要性が高い分野であるが、ほとんどのスタートアップがPh.D./業界のエクスパートと経営プロフェッショナル(何度も起業経験のある、いわゆるserial entrepreneur等)の組み合わせの経営陣であった。


  *   *   *

インパクト・インベスティング(Impact Investing)というと、マイクロファイナンス等の国際開発関連の投資が想起されることが多い。しかし、Investors' Circleでは、より広義に社会的Impactを定義しており、たとえば、カーシェアリングのZip Carも、環境に優しいビジネスモデルとして、以前にInvestors' Circleを介して投資を受けている。

エンジェル投資家、ベンチャー・キャピタルによる資金提供及び豊富な起業家の存在というエコシステムが米国ほど発達していない日本では、Investors' Circleのモデルをそのまま移植することは難しいだろう。しかし、クリーンテック、教育等のスタートアップにおいては、より忍耐強い資金(Patient Capital)が必要とされるという事情は日本でも同様である。

(広義の)社会起業家を支援するこのような仕組みを実際に経験してみて、日本への示唆について考えずにはいられなかった。





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2012年2月13日月曜日

アメリカの大学という選択肢

スタンフォード大学に留学してからよく、「大学(学部)の時点でアメリカに来ていれば、より若い時点でこのような刺激を受けることができ、また、若い頭脳でより色々なことを早く吸収できたのではないか」と考えることがある。

今学期から、ビジネス・スクール以外の学部の授業を、学部生(Undergrad)及び理系の大学院生と受けることが多くなったが、 授業から判断される生徒の平均的レベルは、(以前の僕を含めて)一般に日本の人々が思うほど高くはない。MBAの同級生で、韓国の名門であるソウル大学校出身の友人は、理系の学部レベルの生徒の質は、純粋に学問のレベルという点だけからすると、「平均的には」ソウル大学校の方が高いと言っていた。僕は、いわゆる文系出身なので、日本の理系の学生と比べる経験を持ち合わせていないが、そんな僕でも、科学科目の授業をなんとかこなせているという事実が、日本の学生にとっても十分に(いや、容易に?)届く範囲のレベルであることを物語っていると思う。

もちろん、アメリカの大学入試は、日本と異なり、純粋にテストの結果で判断される仕組みではないため、単に学業が優れているということが直接に合格に結びつくわけではない。ただし、日本の高校生の中には、単なる学業の枠を超えて、数学オリンピックや物理オリンピックで活躍する人もいるし、世界で活躍できる資質を持った人は多くいると思う。英語が難点とよく言われるが、今や、インターネットであらゆる情報が英語で収集できる時代であり、優秀でやる気のある人にとっては大した問題ではないだろう(日本の英語教育は一般的には絶望的に非効果的だが、質の高く実用的な英語教育を提供する塾等はあると聞く)。

最近は、灘高校等、日本の進学校の中にも、海外の大学に進学する人が毎年数人程度ではあるが出てきているという話を聞いた。これらの高校出身の知人と話す限り、一昔前の世代では、東大・京大を目指すのが当たり前という雰囲気だったようだが、それが最近は若干ではあるものの変わってきているようだ。


*   *   *

今から約10年前、家族の反対を押し切り、系列の私立大学への進学という権利を棄て、受験の末東京大学に進学した僕は、意識が高く、かつ厳しい競争を勝ち抜いてきた同級生に囲まれた環境を「最高のもの」と疑わなかった。実際、大学では、多くを学び、遊び、そして生涯の友を得ることができた。優秀な仲間から刺激を受けた結果、入学当初は考えもしなかった司法試験の合格というおまけもついてきた。しかし、仮に当時、アメリカの大学という選択肢のメリットを今の僕と同程度に認識し、準備する環境が整っていたら、迷わずそれにチャレンジしていただろう。

日本の優秀な高校生にとって、アメリカの名門大学というのは十分に手の届くものであるし、また、彼らのうち多くにとって、世界を舞台とするキャリアを構築するにあたり、有効な手段であると強く思う。是非、彼らには、アメリカの大学という選択肢を真剣に検討して欲しい。


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2012年2月4日土曜日

コングロマリットとPEファンド

今学期受けている授業の一つに、米国欧州、欧州、新興国のManagement Practiceを比較し、Management(ただし、私企業に限らず、教育、政府等広い範囲の組織に関するもの)の優劣がその国経済発展に大きく影響について考察する授業がある。その授業で、米国のDanaher Corporation(NYSE: DHR)という会社のケースを取り扱った。

Danaher Corporation logo.png

ワシントンDCに本社を置くDanaherの事業は、大きく以下の5つに分けられる:
  1. 環境(水質に関する分析と管理機器、リテール/商用石油のディスペンス機器など)
  2. 試験・計測(電気に関する試験、監視、管理そして最適化を行う機器やツール)
  3. 歯科関連(歯科関連の機器、消耗品、サービスの開発・製造・販売)
  4. ライフサイエンス(ライフサイエンス装置、分析装置試薬、ソフトウェアなど) 
  5. 産業技術(モーション、プロダクトID、センサ&コントロール事業など)

世界50カ国以上でビジネスを展開し、社員数は世界で約5万人という、グローバルなコングロマリット企業だ。

同社の特徴は、積極的に企業買収を繰り返し、価値を創造してきたという点だ。1990年から2001年までのGeorge M. ShermanのCEO在任期間、同社は積極的な企業買収により急成長を遂げ、1986年には16社だった事業会社が、1995年には24社に、2000年には51社まで増加した。同期間に、売上は7億5千ドルから38億ドルまで増加した。


次期CEOを務めたLarry Culpも積極的に企業買収を進めた。以下に説明するように、同社の企業買収は極めてシステマチックに行われていた。

一つ目の特徴は、買収対象を市場の魅力により厳しく篩い分けていた点だ。ウォーレン・バフェットが「困難な市場と有能な経営者が出会ったとき、通常勝つのは市場だ」と述べたのは有名な話だが、同社は、①市場成長率、②循環性(Cyclicality)、③大きな競合がいないこと、④分散化された市場であること、という基準を厳格に適用し、厳格な規律を持って企業買収を進めていた。

二つ目の特徴は、企業買収を、①新たなプラットフォームの獲得、②全く同じ事業を営む既存組織への統合、③類似の事業を営む既存組織への統合、の3つに類型化し、それぞれの特徴に従いもっとも適切なPMI(Post Merger Integration)を進めていた点だ。

そして最後の特徴は、トヨタ生産システムを参考にして、事業の絶え間ない「カイゼン」を可能にする全社システムを構築し、それを買収先に適用し、事業改善を図っていた点だ。同システムは、「全てのものは測定可能」という思想のもと、財務に限らず広範囲に経営指標を策定し、それを常にモニターし、問題を発見し次第、すばやく行動に移すことを可能に仕組みである。Danaherの経営陣は長年の経験により同システムの利用に長けており、これらの熟練経営者が買収先の経営にハンズオンで関与することにより、Danaherの経営のベストプラクティスを効率よく伝播することができた。

コングロマリットというと、コーポレート・ファイナンスの授業等で、「コングロマリット・ディスカウント」を生む一昔前の事業形態として説明されることが多い。ただし、本ブログでも繰り返し述べてきているとおり、市場が効率的であるというのは幻想であり、市場よりも効率よくCapital Allocationをできる経営者はいるし、またビジネス(コスト/売上シナジー)の観点から、複数の事業部門を有することが合理性を有することは十分に考えられる。 現代においても、コングロマリットが成功できることは、Danaherの下記の株価が何よりも物語っているように思う。

 


  *   *   *

実は、Danaherの企業買収の3つ目の特徴である『「全てのものは測定可能」という思想のもと、財務に限らず広範囲に経営指標を策定し、それを常にモニターし、問題を発見し次第、すばやく行動に移す』ということは、PEファンドがやっていることに非常に近い。PEファンドによる価値創造の源泉は、プロフェッショナルあるいは組織としての、事業改善の経験/ベスト・プラクティス導入による投資先の経営改善にあるわけだが、Danaherのように数多くの企業買収を繰り返す成功したコングロマリットは、同じようなスキルセット/経験を持ち合わせているように思われる。

さらに言えば、コングロマリットにおいては同一法人下に事業が統合されることからコスト/売上のシナジーが実現できるのに対して、PEファンドによる投資においては、(投資先によって背後の投資家(LP)が異なることに起因する)利益相反のため、異なる投資先の間のコスト/売上のシナジーの実現は極めて限定的だ。

すると、PEファンドよりも、コングロマリットの方が、企業買収による価値創造において有利な立場にあるようにも思われるが、現実に目を向けてみると、コングロマリットの方が成功しているようには思われない。なぜか?

理由としては、コングロマリットと比べてPEファンドの方が、i) 案件毎にキャピタル・ストラクチャーを柔軟に構成できる、 ii) 案件毎にその投資の結果に直接リンクしたインセンティブの付与が可能でありその結果有能な経営陣の招聘が可能である、iii) 魅力的な機会提供により案件評価において重要な役割を果たす優秀な投資プロフェッショナルの獲得に有利である、といった事情が考えられよう。

この点については、僕自身の考えもまだまとまっていない。機会があったら、一度また深く考えてみたい。


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