2011年11月9日水曜日

戦略的無視

Strategic Neglectという言葉がある。時間を含めた経営資源は有限であるから、ビジネスにおいて、顧客のあらゆる要求に対応することは不可能である。したがって、何に注力するか(=何をしないか)を明確かつ戦略的に考える必要がある。大企業と比して経営資源が限られているStart-upが、ニッチ市場に経営資源を集中することが多いのは、極めて合理的な行動として理解できる。

Strategic Neglectの概念は、更に進んで、 Start-upの経営判断・行動力の迅速性に貢献する一要素として理解することも可能である。すなわち、新規ビジネスプランが規制や技術的観点から何らかのリスク・不確実性を内包している場合に、既に守るべき既存事業がある大企業はそのようなリスクを取ることができないのに対して、そのようなしがらみの無いStart-upはリスクを取り迅速に行動に移すことができる。

以前のエントリーWhy Lawyers (Can) Make Good Entrepreneurs)で、Paypalが成功した一要因として、オンライン決済の適法性に疑義があったため、技術的には優れていたと思われるeBay/Wells Fargo連合が、迅速に行動に移すことができなかったことを挙げたが、今回はもう一つの例として、StubHubの事例を紹介したい。


 StubHubは、PEファンド出身のJeff FluhrとEric BakerがStanford GSB在学中の2000年に設立したチケットのオンライン市場の運営会社だ。Eコマースの将来性に対する考えと似通ったバックグランドを持った二人は、Stanford GSB入学後にすぐ打ち解け、また二人のスキルが補完的でもあったことから(Jeffは元バンカー、Ericは元経営コンサルタント)、二人で起業することを決意した。

 Ericはスポーツとエンターテイメントが趣味で、過去それらのチケットを取得しようとする過程で、チケットの売買市場がいかに非効率であるかを身にしみて感じていた。昔と変わらず野球場近くでダフ屋がチケットを売っている光景を客観的に見れば、システムを効率化する余地/ニーズがあるのは明らかだった。

 ただ、チケットの売買については、州法が規制をしており、オンラインの売買の適法性については疑義があった。ここで、彼らが採用したのが、「弁護士を雇って適法性を平行して調査しつつも、ビジネスをできる限り早く進める」 という、前述のStrategic Neglectの考え方だった。

 チケットの売買は、通常の物品の売買と異なり、当初の予定時間の通りにチケットが届けられることが決定的に重要であるため(そうでないと、試合や演劇を観ることができない)、それを担保するために、通常の物品の売買とは異なるシステムを構築する必要がある。
 
 Eコマース最大手のeBayも、2002年に、チケット売買のサービスを本格的に開始したが、あくまで多数取り扱っている商品の一つに過ぎないので、システムをチケット向けにカスタマイズすることには限界があった。この点において、StubHubのサービスは競争優位を持っており、チケット市場において、Eコマースの巨人eBayと対抗し得るプラットフォームを築くことができた。結局、StubHubは、2007年に、約3億ドルで、eBayに買収された。


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 この事例は、MBAの授業で取り扱ったものであるが、似通った経歴を有するMBAの先輩が、ゼロから事業を築き上げて成功したストーリーをケースを通じて疑似体験することは、起業家教育の一つの有効な方法であると考えられている。

 シリコンバレーが野心的な起業家を多く輩出する背景には、投資家、コンサルタント、弁護士、会計士等の起業に必要なスキルを持った専門家が集中しているというエコシステムに加えて、起業家の成功事例が広く共有され、「自分でもできるかもしれない」という、いい意味での思い込みを持つことができる環境にあるという点が非常に大きいように思う。